【悪さをする第一印象Ⅰ】
「見た目が9割」「第一印象が大切」との言葉を盛んに目にするようになった昨今。
第一印象が全てと思ってしまうのは、いささか危険です。
というのも、第一印象はその人のほんの僅かなことでしかないから。
今夜、発車前の電車にてこんなことがありました。
混雑している電車内で2人がけの座席の通路側に1人で座っている男性Aがいました。
僕は4席ほど後ろに立っていたので、男性Aの後ろ姿しか見えません。
出発間際になって、仕事帰りの男性が席を求めて、男性Aに一声かけ、窓側に行こうとしています。
僕は仕事帰りの男性が大股で男性Aの脚を跨いでいる様子を捉えました。(後ろからの視点ですので、一部ではあります)
間もまなく電車が出発。
1駅目の下車駅で客の乗り降りがあり、電車が2駅目に向かっている最中、男性Aが身支度を始める様子が見てとれます。
次の停車駅(2駅目)までは時間的に余裕あり。
揺れる車内でその場に起立し、リュックサックに手を通そうとするのですが、うまくいきません。
その時、杖の取手が見えました。
僕はようやく、男性Aの状態を飲み込むことができたのです。半身不随で身体の自由が利かないのだと。
揺れる電車内。
「ガタン」という音と共に杖が勢いよく、通路へ倒れました。「バンっ」と杖が通路の床に叩きつけられ音。
男性Aから見て、後方(対角線上)通路側に座っている女性が慌てた様子で立ち上がり、杖を拾いあげ男性へ手渡します。
窓側に座っている仕事帰りの男性はタブレットの動画に夢中で見向きもせず、他の乗客も見知らぬ顔。
後方にいる僕も傍観者の一人だったのです。
何もできませんでした。
停車駅(2駅目)で降りた後、ホームには、一歩一歩地面を踏みしめるように歩く男性Aの姿。
僕は後ろを振り返りませんでした。僕の耳には地面を突く杖の音が聞こえてきます。
そのまま、歩を進めエスカレーターへ。そのうち、周囲の雑音に紛れて、地面を突く杖の音は消えていきました。